Last Updated on 2025年3月4日 by 成田滋
時々首をかしげたくなるような研究論文に出会うことがあります。それは子どもを被験者とした事例研究です。大人と比較して子どもの成長は早いので、子どもを被験者とすることの実験の難しさがあります。このような実験で発生しがちなデータを生む諸々の要因とそれへの対策を本稿では取り上げることにします。
子どもを扱う実験では、無意識的に、あるいは時に恣意的に場面が設定されることがあります。そのために結果を生む過程でまざまな要因が混入してきます。このような要因のことは「変数」(variable)とか「誤差」(error)と呼ばれます。子どもの中にある事象を成り立たせていると考えられる要因に言及するとき、他の子どもに同じ要因を条件としたときに、同じ事象が起こるかどうかも実験者の関心となります。つまり実験の再現性や追試が担保されるには、この実験の設定が重要といえるのです。
以下、子ども扱う実験や事例研究で留意すべきこと、特に子どもの変容や発達に影響する要因を取り上げます。
1 ベースライン:
実験を始めるにあたっては、子どもの日頃の状態を調べる観察帯をとり、安定した行動を確認することです。観察帯での観測値はベースライン値と呼ばれます。行動にばらつきとか不安定な行動が見えるとすれば、その行動が落ち着いてから実験を開始すべきです。そのことにより実験から得られるデータとベースライン値を比較することができます。
2 成熟:
実験者は、子どもは日々成長しているという事実を念頭におくべきです。実験によって子どもが変化したとか、目覚ましく行動が変容したという結論を出す前に、子どもの成熟と関連したのかどうかを問うことです。子どもによっては数週間で身体に大きな変化を見せるものです。本当に実験によって子どもが変化したのか、あるいは『成熟』によって変化したのかを見極める必要があるのです。
3 エピソード:
子どもは学校へ行く前にいろいろなことを経験しています。睡眠を十分とったか、体調はどうか、朝食をきちんと食べたか、兄弟喧嘩がなかったか、親から叱られなかった、などの『エピソード』です。教室にやってきたとき、忘れ物をしたことを教師に指摘されたとすると、気分がよいはずがありません。両親が口喧嘩をしていたとか、家族に不幸があったというエピソードも子どもの「情動」に微妙に影響するばずです。このような状況で実験したとすれば、他の日の実験とは異なるデータが生まれる可能性があります。
4 外的な環境:
実験する日の温度や湿度、ひいては天気も子どもの情動になんらかの作用を及ぼすとも考えられます。雨降りの日は誰もがいやな気分になりがちです。晴天の青空をみると気分がよくなります。実験の設定、たとえば教室が変わるとか、都合で実験者が交代するという場合もあります。当然、そうした変化が子どもの反応に表れても不思議ではありません。
5 キャリーオーバー:
行動とは学びによって起こるものです。既に子どもが家庭で学んでいることを実験者が知らないで、実験によってある行動が獲得されたとか課題が解決された、という誤解をしてはいけないのです。褒美とか叱責といった強化子によって獲得する行動が、子どものなかで定着しているならば、同じような強化子によって測定される行動は何ら目新しいものとは判断できません。
6 回帰:
統計学では、測定値が平均へ戻る現象のことを『回帰』と呼ばれます。2つの関係する変数を測定したとき、2番目の変数の期待値が1番目の変数の測定値に近づくのではなく、全体の平均値に近づく現象を指します。測定したデータが特別大きく変化したりするのは、なんらかの要因が働いていると考えられます。そうしたデータは外れ値として削除することも考えるべきです。
心得るべきこと
人間を扱う実験では雑多な要因が混入してくることは避けられません。しかし、それをある程度制御することはできます。例えば、観察帯における安定した行動を確認する、実験者を複数にしてみる、実験室だけでなく家庭でも行ってみる、実験の時間帯を変えてみる、こうした実験の条件を無作為化することによって、偶然のバラツキである誤差を分散させることです。
子どもの身体的な成長は大人に比べて早いです。つまり成長とか成熟は系統的な誤差の大きな要因とも考えられます。身体的にも精神的にも成長するのですから、実験による効果とは一概にいえないこともあります。特に実験などが長引くと、その間に起きる家族や友達、教師とのエピソード、身体的な成熟という要因は無視できない事象となります。このような要因から生まれる子どもの行動上の変化を見誤って、実験が功を奏したとか、行動が実験によって変容した等と喜んではならないのです。データとは変数に影響される帰結のようなものである可能性が高いのです。
系統的な誤差の値は常に一定であるとは限りません。誤差の影響がわかっている場合には測定値から除くことも大事です。また測定ごとにばらつくものに偶然誤差というのがあります。例としては、午前中と昼食後の実験結果はばらつくこともあります。偶然誤差の多くは測定方法によって制御できるので、ランダムに繰り返し実験を行い、十分に多くの回数によって特定の分布を得るように心がけることです。我々が平均値とか最頻値を使うのはそのためなのです。
観察期間は安定したベースライン値を得るために十分な時間をとり、実験後は被験者が獲得したであろう行動が定着しているかを十分に観察することが大事です。実験者だけでなく家族の者も、獲得した行動が定着しているのを確認できれば、実験は成功といってよいと考えられます。
